波乗り雑記帳13ーアバウトー - 新・からっぽ禅蔵

既に書いた通り、19歳の夏、僕とK子は茅ヶ崎のショップ下辺りの海で毎日のようにサーフィンをしていた。

砂浜には、ビキニの女の子たちが沢山いる事が多かった。

だがある日、サーフィン中に海の中から砂浜のほうを振り返ると、砂浜の様子はいつもと大きく違っていた。

そこには、ビキニの女の子たちではなく、服を着たオジサンたちが沢山集まって来ていたのだ。

オジサンたちは、釣竿を出して釣りの準備を始めていた。

僕は、「あ〜、釣りをするのかあ」と思っただけで、初めは特に何も不思議に思わなかった。

しかし、後で分かった事なのだが、これはただの釣りではなく、釣り大会だったのだ。

そしてこの釣り大会は、事前にエリア規制も何も無く、僕らを含む大勢のサーファーがサーフィン中の海で、突然始まったのである。

海の中にいる僕の周りで、「ヒュン!ドボン!」「ヒュンヒュン!ドボンドボン!」という音がし始めた。

「えっ?」と思って再び砂浜のほうを振り返ると、大勢の釣り大会参加者たちが先端にオモリを着けた釣り糸を、僕ら海の中のサーファーたちに向かってバンバン投げ入れていた。

大会参加者たちにしてみれば、優勝もしくは上位入賞を目指して、必死でオモリ付きの釣り糸を投げる。サーファーどもに当たるかどうかなどは気にしている余裕などは無いようだ。

結果、僕らサーファーに向かって鉛のオモリが「ヒュン」と飛んで来て、海中に「ドボン」と落ちる。

それはまるで、僕らサーファーにとっては、突然銃撃が始まったようなものだった。

「ウソだろ?あのオモリが俺らの頭にでも直撃したらどうなっちゃうんだよ」と僕は思った。

しかしオモリは容赦なくヒュンヒュン飛んで来る。

そしてあちこちで、サーファーの悲鳴が聞こえて来た。

「うぎゃあ!」という悲鳴のほうを見ると、ピンと張った釣り糸に、波に乗って滑っているサーファーが引っ掛かって海中に落ちていた。

波を滑るサーファーにとっては、あちこちに張り巡らされた釣り糸は、ほとんど目に見えないトラップそのものだった。

しかもそのサーファーの喉辺りに釣り糸が引っ掛かったようで、海中から浮上した彼は、痛そうに自らの喉を押さえながら釣り人達を睨んでいた。

いや、釣り糸だけなら不幸中の幸いだが、もしも鋭い釣り針が彼の喉や皮膚に食い込んでいたら、大ケガになっていただろう。

僕は、「まずい…、このままじゃあ釣り人達に殺されてしまう」と思い、僕とK子は、この日は早々に海から上がった。

今思い出しても、本当に危険すぎる釣り大会だと思う。

いや、釣り大会をするな!とは言わない。だが、やるならばエリア規制等々の安全配慮が不可欠ではないだろうか?

まあ、もっとも、釣り大会に限らず、当時は様々な事が今よりもいい加減だったというか、ゆるかったというか、アバウトなところがあったように思う。

さて、“ゆるい時代” という意味では、次のような出来事もあった。

いつものように僕は、K子やBくんと一緒に、ショップ下でサーフィンをした。

海から上がると、砂浜とその周辺には、サーファーや水着の女の子、更にその他の海水浴客たちが沢山いた。

するとBくんが、そうした人達がいる方向を見て、突然思いもよらぬ事を言った。

「あ、サザンの桑田さんだ」と。

僕、「えっ?」

Bくんは何を言っているのだろう?と思いつつ、その方向を見ると、そこには確かに、あのサザンオールスターズ桑田佳祐さんがいた。

しかも、原由子さんと2人で、ノーヘル(ヘルメット無し)で、原チャリ(原付きバイク)に2人乗りで、海を見に来ていたのだ。

これはまさに、当時のゆるい時代ならではの事ではなかろうか。

なぜなら、この時まだ桑田さんと原由子さんのお2人は結婚していない。なので今なら、「お2人のデート現場を発見!やはりお2人は付き合っていたのか!?」などと言って騒がれるのではなかろうか。

しかも、原チャリに2人乗りもノーヘルも違法なので、今なら、「サザンオールスターズのメンバーが2人揃って問題行動!」などと言って騒ぐ輩もいるのではなかろうか。

当時は、いや少なくとも、その日その時その場所には、そんなヤボな事を言う者などは1人もいなかった。

(桑田さん、その件をバラしてしまってごめんなさい。でもそれはもう今から40年近くも昔の話しなので時効ですよね?)

そしてこのとき僕は、海から上がったばかりで、髪の毛からはポタポタと海水が滴れ落ち、上半身裸でサーフトランス1枚。片手にサーフボードを抱えたままで、思わず桑田さんに握手を求めた。

普通なら、「頑張って下さい」とか「ファンです」とか言えば良かったのかも知れないが、なぜか僕は、思いきり笑顔で「よろくし!」と言ってしまった(笑)

桑田さんも、「ああ、よろしく」と言ってくださった。

そうこうしているうちに、周囲の人達も桑田さんたちに気づいて、人が集まりはじめてしまった。

すると桑田さんと原由子さんは、そっと静かに原チャリを発進させて、周囲を刺激しないように人混みをスルスルを抜けて帰って行った。

この少しあと、サザンオールスターズは某新曲を発表した。

そして僕の記憶では、何かのテレビ番組で桑田さんが、この新曲について次のような事を仰っていた。

「この曲は、湘南のサーファーたちを見ていてイメージした曲です」と。

だとすると、その曲に刻まれた湘南サーファーのイメージの中に、僕もほんの少し含まれていても不思議ではないw

桑田さんに「よろしく!」と言っておいて良かったかも(笑)

さて、しかしながら、ゆるい話しばかりではない。

ついに、いつものショップ下にもビッグウェーブがやって来た。

その日、僕とK子は、いつも通り片手にサーフボードを抱えて自転車で海に向かった。

途中、桑田さんのご自宅近くを通過するのだが、遠藤少年の自宅もその近辺らしい。

その日その辺りで、遠藤少年は、友人たちと一緒に路上でスケートボードをしていた。

おそらく彼らは、ビッグウェーブが来ているので海は危険だと判断し、その日は海に入るのを断念して、スケボーに乗ってサーフィンのイメージトレーニングをしていたのだろう。

しかし、僕とK子がサーフボードを抱えて海に向かう姿を見た遠藤少年は、友人たちと次のような会話をしていたのが聞こえた。

遠藤少年、「俺たちも海に入ろうぜ!」

友人たち、「えっ、でも今日は波がデカすぎるよ。」

遠藤少年、「あの人達だって海に入るんだから、俺たちも行こうぜ!」と。

このとき遠藤少年は、僕らが海に向かう姿を見て、自分たちも海に入る事を決意していた。

さて、僕とK子は、遠藤少年たちよりも一足先に海に着いた。

そこには、それまで見た事がないほどのビッグウェーブが立っていた。

そして僕は、ここで死にかける事になる。

しかし、上に書いた釣り大会のエピソードと、サザンの桑田さんの事で長文になってしまったので、ビッグウェーブで死にかける件は、次回に詳しく書こうと思う。

今回はこの辺で。

【写真:先日サーフィンをした某海。本文とは無関係。】

◆新・からっぽ禅蔵 別録〜『波乗り雑記帳』〜